熊よけのためにカウベルを使ってきた。ごく普通のもので開口部は角丸長円形をしている。角丸長円形とは楕円の一種で半円が線分で接続されたものだ。開口部は23mmx38mmのサイズで、外身の本体部分の高さは32mm、カウベルの音としては普通のもので、よく鳴る。かなり使い込んでおり、吊り紐の劣化も進んでいる。
カウベル
とにかく良く音が出る
あるとき、熊の聴覚は高音域の方が発達しており、カランカランという音よりはチリンチリンといったより高音域の方が効果が高いとの記事を目にした。 そこで、ツリガネ形の熊鈴を買い求めた。
ベル型の熊鈴
クラッパーが小さ目
実際にザックに取付けて使ってみると"チーン"という音が出て音域は問題ないのだが、登山中に音の発生頻度が低く音も比較的小さい。ザックを意識的に揺らさなければ物足りない感じだった。今になって考えてみるとクラッパー(後述)の長さが短く、質量も小さい、そしてキャスティング(これも後述)の開口径が大きいため、クラッパーの多少の揺れでは届かずに音が出にくいということがわかる。
これは失敗だったかなと思い、少し値が張ったがアウトドアブランドの本格的なものを追加購入した。モンベルの製品だが形状からして東京ベルの「森の鈴」の OEM 製品かもしれない。
mont-bell
トレッキングベル サイレント
クラッパーが大きい
これはさすがに良い音で、音量・音質ともに満足できるものだった。以降はもっぱらこのベルをザックにぶら下げている。
しかし、使い続けるうちにこのベルについても気になる点が見つかった。どうも、歩き方によって音の出方が異なる。というか、登りでは音が出づらい反面、下りでは盛大に鳴る。私のザックへの取り付け位置は正面側で、ザックを背負った状態ではベルの外身がザックに触れる状態になっている。
ザックに取り付けた熊鈴
もしかしたら、登りでは姿勢が前かがみになるためベルがザックと接触しやすく、下りでは比較的直立した姿勢になるためベルとザックの接触が少なくなるというのが原因かもしれない。また、下りではザックにかかる衝撃が比較的大きく、当然にベルに強い力がかかることから音が大きくなるのかもしれない。
ここまで考えて、一度熊鈴の発音の仕組みを整理しておこうという気になった。
熊鈴の一般的な構造と思われるパターンについて図式化してみた。
熊鈴の一般的な構造図
調べてみると熊鈴本体は一般名称として「外身(キャスティング)」というようだ。また、中で揺れて外身をたたく部分は「舌(クラッパー)」というらしい。以降、キャスティングとクラッパーという言葉を使うこととしたい。
熊鈴に対する問題意識は「山行中常に大きな音を出したい」に尽きる。"常に"と"大きな"がポイントだ。何をどうすればいいのかと考えるときに、次の2つの捉え方がある。
(a) 熊鈴の製品そのものの問題
(b) 使い方の問題
大方の関心は (a) であろうが、ここではあえて (b) について考えることとしたい。どのような製品を選ぼうとも共通する問題だと思うからだ。
熊鈴の発音の仕組みを考えるとき次の3つのポイントがある。
・熊鈴が音が出すためにはクラッパーが揺れてキャスティングに衝突する必要がある。
・音の大きさはクラッパーが持つ運動エネルギーに比例すると思われる。
・音の大きさはキャスティングの振動効率の大小の影響を受ける。音色は (a) の問題と考える。
(1) クラッパーの揺れ
・クラッパーが揺れるためには、クラッパーにキャスティングに対して相対的な横方向の G がかかる必要がある。クラッパーがキャスティングと一緒に揺れたのでは相対的には揺れたとは言えず音も出ない。
・クラッパーがキャスティングに対して相対的に揺れるためにはクラッパーの支点 P3 に対する回転モーメントが発生する必要がある。
・そのためにはキャスティングの回転、水平移動が必要になる。特に回転は最も効率の良い動きになる。
・吊り下げられたキャスティングは P1 を支点とする単純な揺れを発生するが、それだけではなく、P2 を支点とする揺れが加わる。この P2 を支点とする揺れは P2 と P3 間の長さによる水平移動の作用を加えて P3 を支点とするクラッパーの揺れに変換される。
・従って、発音に必要な最も効率の良い揺れは P2 若しくは P3 を支点とするキャスティングの回転モーメントだということができる。
・ここまで考えるとキャスティングは支点 P2 で固定するのが良いと思われる。現実的にはキャスティングの振動を妨げないように吊り紐が必要なのだが、その吊り紐はできるだけ短い方が良いということになる。
(2) クラッパーの運動エネルギー
・クラッパーの揺れの発生頻度は前項 (1) で検討したが、揺れの運動エネルギーを高めるためにはどうすればいいのだろうか。
・ここでいう揺れは前項 (1) と同様キャスティングに対するクラッパーの相対的な揺れということであって、単にキャスティングの運動量を高めることとは異なる。
・キャスティングとクラッパーの関係をきちんと解析するのは自分には無理なので簡略化したモデルで想像するしかない。恐らくはキャスティングの加速度こそが問題なのであって、その加速度が P3 支点を介してクラッパーに回転モーメントとして伝わり、その回転力がクラッパーとキャスティングの衝突の力になるのだと思う。
・クラッパーは振動するものなので加速度もプラスマイナスの方向転換を含んだものになる。
・キャスティングが加速度を発生するケースとしては、キャスティングがザックなどに衝突したとき、そしてザック自体が加速度を発生したとき、例えば下りの場面で足を地面に勢いよくついて体を支えた時に、ザックは急激に落下して急停止することになり、キャスティングは吊り紐に引っ張られて舞い上がる。そして落下し、再び吊り紐に引かれて急激にその姿勢を変化させたときが考えられる。
(3) キャスティングの振動効率
・クラッパーが衝突したとき、キャスティングがどの程度振動するかは、双方の物理的な特性の影響が大きいが、ここでは使い方によってどこまで音を大きくできる(振動効率を高められる)かを考える。
・熊鈴をザックや体に取り付けるとき、キャスティングがザック本体や体の一部に振れていると、せっかくの振動が吸収されてしまい、音が小さくなってしまう。だからキャスティングをザックや体から離して中空に吊下げた状態にすることが望ましい。
・その方法としてキャスティングが周囲と触れないようにケースなどの中に入れたり、ザックや体への取り付け部の形状を工夫をすることが考えられる。
(4) 効率よく音を発生させる方法
さて、そろそろまとめに入ろう。製品選びはさておいて、今ある熊鈴から効率的に音を引き出す方法は、
(a) 登り、および平坦路の場合
・できるだけクラッパーの支点に近い位置でキャスティングを固定する。ただしキャスティングは下向き(鉛直)でなければならない。
・キャスティングにザックや体などが触れないようにする。
(b) 下りの場合
・基本的には登りと同じだが、柔軟な素材の吊り紐でキャスティングを下向きにぶら下げても良い。
・キャスティングにザックや体などが触れないようにする。
東京ベルの製品で、「森の鈴」にプラスチック製のカバーが付いた製品を見つけた。これならキャスティングがザック等に触れることが無く安定的に音が出るものと思われる。プラスチックといっても高い強度を持つエンジニアリングプラスチックのため、ザックの側面に取り付けたときにザックが倒れて下敷きになったくらいでは破損しないと思う。
東京ベル製作所 「森の鈴 TB-KC1」
さらに確実性を追求するために鉛直方向を確保しようとすると、手元に近いところ、例えばウエストベルトやショルダーハーネスなどにフレキシブルなアーム経由で取り付け、鉛直方向を時々チェックして補正するなどの工夫が必要になるが、とりあえずは今まで通りカナビナでぶら下げる形で使ってみようと思う。